コメンテーターはなぜ否定するか

ここ十数年ニュース番組にコメンテーターが付いてコメントするというパターンが多い。ニュースを分かりやすく解説するという意味ではそれなりの機能を果たしているといえるが、政策の話になると、決まって否定的な意見を述べている。代案を出しての否定なら分かりやすいが、それがない。そのため、いったいこの人は何を言わんとしているのか、見えないことが多い。

 しかし、よくよく考えると、コメンテーター、評論家は職業上自分の意見、信念を言えないことに思い至った。

 つまり、肯定すると責任が生じる。もし、間違えばそれで汚点となる。疎いと思われかねない。そうなると、仕事が来なくなる可能性がある。したがって、ひとまず否定的意見となる。

 また仮に肯定するにしても、懸念点を上げなければ、なんだ追従しているだけかと思われる可能性がある。

 つまり、どう転んでも自分に被害が責任が来ないよう保険をかけなければ、仕事として成り立たないことが分かる。とすれば、そのコメントは責任あるものとは言えない。

野党も同等だが、テレビ番組でのほとんどのコメンテーター、評論家の意見はその立ち位置を考慮して聞かなければならないと思う。もちろん、例外もある。

 櫻井よしこさんのように自らの主義主張を出筆、講演、Blog等で公開している人たちもいる。この櫻井さんの立ち位置こそ、すべてのコメンテーター、評論家は見習うべきだと思う。

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