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しばらく前の話になるが、2008年ウインブルドン男子決勝を見て思ったことを書いてみたい。ご存知の通り、フェデラーとナダルの歴史に残る、決勝としては歴代最長の4時間48分にも及ぶ名勝負であった。結果はナダルが、6−4、6−4、6−7(5−7)、6−7(8−10)、9−7でフェデラーの6連覇を阻止して終わった。途中、幾度か雨による中断があり、深夜の放送であっため4セット終了までしか見ることができなかったが、とにかく見ているほうも手に汗にぎる試合であった。 試合の詳細は、スポーツ誌に譲るとして、ここではフェデラーについて書いてみたい。ナダルの2セット先取で試合は進んだが、3セット目以降もナダル優勢の中、フェデラーの王者としての粘りが始まる。それも、セットポイントを取られてから、マッチポイントを取られてから、ひとつミスをすれば終わりという状況で、ベースラインぎりぎりに、サイドラインぎりぎりにスーパーショットを、リターンエースを決めていくのである。この精神力には感服させられた。 日本的なコーチングでは、このケースでは「ミスは絶対に許されない、慎重に行け、行こう」ということになると思うが、フェデラーは違った。ここが、世界ランク1位でウインブルドン5連覇中である所以と言ってしまえばそれまでだが、明らかに何か違うと考えた。 即ち、こうである。 ミスするなというコーチングは、一見理に適っているように思えるが自分では100%制御できない結果責任について言っているものであり、必然過度に慎重になり、またその言葉の裏は相手のミスを待つという戦略になってしまう。これが結果、自分が萎縮してミスをしてしまうという結果になりやすい。フェデラーの胸の内には、このような考えは微塵も無かったと思う。では何か。 ゲームとは、ミスをしないことを競うものではなくベストを競うものと思っているに違いない。もちろんプロである。観客に見せなければならない大前提があるだろうから、ビビッている場合ではないということもあろう。しかし、あのゲームでは、べストを尽くす(思いっきりやる)ことしか考えていなかったと思う。仮に結果がミスであったとしてもそれは技術の問題であり、かえって課題がはっきりして良いくらいに。 ついでに、ミスするなという指導は、例えば計算問題のように自分の頭だけで100%決まる場合、正しい。集中力を生むからである。集中力の他に、結果を左右する要素がないからだ。しかし、相手がある場合、この指導は間違いであると思う。 タイガーウッズもそうだが、そのプレーはその競技以外の何かを考えさせてくれる、負けはしたがフェデラーにも同じようなものを感じる。近年まれに見る、見た甲斐があったゲームであった。 『ナダルがフェデラーを倒し初優勝◇ウィンブルドン』 http://news.tennis365.net/news/today/200807/8280.html ↓ポチっとお願い! |
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