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Nikkei Business onlineの竹中 正治さんの投稿 「危機感駆動型ニッポンの危機!?」 を読んで、非常に啓発されるものがあったが、お陰で、日本の子供たちに見られる「切れる」ことについて思い至るところがあったので、述べてみたい。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080310/149475/?P=1 以下、氏のアメリカ駐在中の出来事から 抜粋引用開始------------------------------------------------------ ■褒める米国、けなす日本 学校で先生が生徒を指導する時も米国では「Excellent! Great! Perfect!」の連発である。ゴルフ練習場でもお父さんが小学生の息子にクラブを振らせて、ちょっとでもボールが前に転がれば、「Excellent! Great! Perfect!」を連発している。日本人だったら上手にできても「よくできた(Well done.)」でおしまいだ。 米国で数年育った帰国子女が日本の学校でよく感じる不満は、「学校の先生が全然褒めてくれない」ことだという。これは企業でも同じであり、海外の日系企業で日本人上司と部下の米国人の間で相互不理解の原因によくなる。 ■「危機感が足りないぞ、おまえ!」と子供に言う異様さ 要するに米国人は相手のパフォーマンスを評価する立場にある場合、ポジティブな表現に気前が良く、日本人は極めて禁欲的である。その反対にネガティブな表現を米国人はあまり使わない。最悪でも「OK」であり、それ以下の表現は相手と喧嘩する(あるいは部下ならクビにする)つもりでなければ普通は使わない。 一方、日本人の方が職場や教育現場でもネガティブな表現を気軽に使う。学校の先生が勉強の足りない受験生に「危機感が足りないぞ、おまえ!」なんて言うのは常套句だろう。 表現に関する文化的な違いと言ってしまえばそれまでであるが、どうも根がもっと深いのではないだろうか。日本人の某教育アドバイザーがある雑誌で、生徒の親と面談した時のことをこう書いていた。 「自分の子供の良いところを3点挙げてくださいと言うと、困ってしまって真剣に考え込む母親が多い。反対に良くない点を挙げてくださいと言うと、自信あり気にスラスラと答える。困ったものだ。お母さんにはもっと子供をポジティブに見る眼と言葉を持って欲しい。それが子供の内発的な動機を高め、向上感、有能感、他者受容感、自尊感情を育てることになる」 抜粋引用終わり------------------------------------------------------ 氏は、これについて、 「危機感駆動型」の日本と「希望駆動型」の米国と分類されている。 この後の展開で、危機管理や日本人の無謬信仰について言及されているが、その基本となる観点は、やはりアメリカで生活された実感から来たものである。 さて、以下筆者の勝手な推測に過ぎないが以前より、「切れる」とは、自分の考えを言葉に出来ないもどかしさ、あるいは、うまく伝えられないもどかしさから生じるのではないだろうかと考えていた。この思いを竹中さんの投稿と重ね合わせたらどうなるだろうか。 希望でやる気、即ちモティベーションを高めさせられるアメリカの子供は、上の文章のように、内発的、自発的に考えるようになり、他人をも同じように扱うようになり得る。また、親、教師の方も、子供の自発性に合わせ、きちっとしたビジョンを示さなければならない。言葉即ち理性で呼応するように指針を示して行く必要があろう。この方法は、個人にあわせ、ワンバイワンで行わなければならない点が面倒でもある。 一方、危機感をモティベーションにする場合は、あくまで感情に訴える。「あれはダメ、これはダメ」とか、「他の子はこうだよ」とか、筆者も身に覚えはあるが、一般的な日本の家庭では、普通にあることだと思う。この場合、言葉で理性的に話す場合と比べ、話すほうは簡単である。いちいち、なぜダメなのか、どうあればよいかを話す必要がない。また考えをめぐらす必要もない。従って、子供もその意味を感情で理解するしか術は無い。この方法は、例えばクラスの全体をある程度まで底上げするには、有効な方法かも知れないが。 もしそれぞれの環境で育った子供が、予期せぬアクシデントに出合った場合、どのような行動を取るだろうか。予期せぬ事態とは、自分の気に入らないことが起こった場合である。この場合、希望タイプの場合は、まず理性で言葉で判断し自分の思いを表すはずである。一方、危機感タイプは、まず感情で判断してしまうのではないだろうか。即ち、言葉で自分の考えを表そうと努める前に、直感的に相手から危機を与えられていると考えるか或いは、相手に危機感を与ようと考えはしまいか。自分の考えを冷静に表すことに不慣れであるが故である。 もちろん、アメリカの子供に切れる子がいないとも思わないし、日本の子供に切れない子がいないわけでも、もちろんない。 また、この日本式の子育ては、昔から行われていたことであり、近頃なぜ「切れる」子が多いかの十分な説明にはならないかも知れないが、巷で言われているように、昔とくらべ塾、パソコン、ゲーム等で外で遊ぶ機会が激減したことによるストレス増大、またインスタント、レトルト食品等による栄養の偏りが重なったことなども原因であろう。 最近、TVで中国の暴動、騒動の放送を何度も目にすることになるが、彼らはまさしく切れた状態であり、その根源は中共によるところが大ではあるが、不条理な中で理性的にはどうにも解決できない情況下で暴力でしか表現できないところに原因があるように思う。 一方で、躾に関しては、厳しく感情的になってでもしなくてはならないと思う。これは理屈ではなく、即ち理屈が通らない世界の礼儀作法、習慣である。最低限は日本式にやるべきだと思う。問題はこの作法を他に適用することにあると思う。 「ダメなものはダメ」ではダメなのだ! 竹中さんが言われているように、この問題は子供のみならず、日本社会全体の問題であるが、まず大人から考えを変えていく必要がることをを痛感させられた。 ↓ポチっとお願い! |
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